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2011年09月17日

Home Again (最終話)






ねぇ、君。
ほんとにごめんなさい。
どれほど謝っても、償うことはきっと出来ないのでしょう。

許されなくても構わない。
身勝手な僕の、諦めの悪い習性でしょう。
1年も経った今、こんな風に届ける気もない手紙を書くことは。


今は幸せでいるでしょうか?
それだけが気がかりでなりません。


結局、僕は甘えていたのです。
君という存在に。
帰る場所のあることに。

君の部屋を出たその日は、駅前のカプセルホテルに泊まりました。
翌朝にホテルの支払いを済ませ、キヨスクでベーグルと珈琲を買いました。
そこで僕の所持金は底を尽きました。

その日の午後、荒川沿いの小さな町工場で働くことに決めました。
寮がある工場です。
それだけの理由で決めたと言ってもいいでしょう。
その夜、寝る場所も夕食も儘ならない状態となり、ようやく気づいたんです。
誰もが切羽詰って、きっと生きているのですね。

工場はカーペットの接着のラインの仕事です。
運送業者に意地悪されたり、工場長にやたらと駄目出しされたり、自分の出来の悪さを改めて知ることとなっています。
「有意義」とは到底思えませんが、それなりに頑張っている気がします。
夜は疲れ果てて、当たり前にぐっすりと眠ることができています。


最初の給料で買い物をしました。
リサイクルショップで冷蔵庫。
そして61鍵のキーボードとヘッドフォンを買いました。
併せて2万円弱の買い物でした。


今でも君のピアノだけは耳から離れません。


自分なりにですが、あの時君が弾いてくれた「Home Again」を弾いています。
君の部屋のピアノと違って、安物のキーボードはスカスカな安っぽいピアノの音色しか出ません。


もう君は気づいているでしょうか?
あの日、僕は君の部屋からこっそり抜き出したものがあることを。
君の部屋の「Carole King」のCDにはジャケットがありません。
歌詞の書かれたジャケットが欲しくて、僕が盗んだのです。
音源は要らなかったのです。
再生するデッキもありませんし、それだけ君の演奏が印象に残っていたから。


おかげ様でかなり上達しましたよ。
レパートリーももう1曲だけですが増えました。
君を想い作ったみっともない曲です。

そんな2曲ですが披露する機会をもらいました。
その昔、君を待った新宿副都心。
ビルとビルの隙間に設けられたあの公園でのフリーマーケットです。
妙な偶然というか、可笑しなことがあるものですね。


もう僕は、君に殺されることはないでしょう。
今を踏みしめて生きることを決めましたから。
君だけを想い、オメオメと無様を晒しました。
そんな無様ついでに、つたないピアノと歌を披露して来ようと思っています。


君が好きでした。
もう1度やり直したいと、罪に苛まれる日もあります。
でももう、どうしようもないですね、今となっては。
せめて今、君が幸せであることを願っています。









雨も心配されたが、そのお返しにとばかりに風の強い日となった。
1年前とそっくりだ。
フリーマーケットの会場では、荷物が飛んでいかないようにと誰もが忙しそうだった。

掘り出しモノを探しにやってくる人で、賑わったのも朝のうちだけ。
昼の鐘が鳴ってほどなく、僕の演奏時間となった。
道行く人もまばら。
いやむしろ誰も居ない。
ちょっと遠くの遊具で、子供たちが突風を待ちわびて楽しそうに遊んでいるのが見える。


誰に合図されるわけでもなく、僕は歌い始めた。
誰が聴いてくれるわけでもない。
足を停める人もいない。
それでも僕は清清しさを感じていた。
君を想っていたからかも知れない。
そんな不毛な時間を費やすことが出来るようになった自分が新鮮だった。

子供たちが待ち望んだ突風に叫び声を上げる。
小さな緑の葉が渦を巻いて、通りかかったバスを襲った。
バスは少し先の停留所で停まった。
それは2曲目の「Home Again」を歌いだした時だった。


彼女がそこに立っていた。
急ぎ足で、いや、駆け足で近づいてくる。

「Carole KingのCDジャケット、返さなくちゃ。。。」

そんな事を考えた僕を、彼女は潤んだまなざしで見つめていた。




      完




  
    Home Again     (Lyrics&Music Carole King)


Sometimes I wonder if I'm ever gonna make it home again.
It's so far and out of sight.

I really need someone to talk to, and nobody else
Knows how to comfort me tonight.

Snow is cold, rain is wet
Chills my soul right to the marrow

I won't be happy till I see you alone again
Till I'm home again and feeling right

  

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2011年09月10日

Home Again(中)



家賃の割にはセキュリティも完備されているきれいなアパートである。
もっとも収入もなく、それを支払う能力のない僕が言うのも間違った話だが。

クロゼットを半分貸してもらった。
僕の荷物はそれで十分だった。
彼女が提案する「二人で暮らす条件」は、僕にとっては他愛ない事ばかりだった。


リビングに黒い縦型のピアノ。
6畳ほどのリビングにはそぐわない存在だった。

「ピアノ、弾けるんだ?」

僕は彼女のことを、ろくに知らない。
楕円形のテーブルに珈琲を2つ運ぶと、僕が興味を示したことが嬉しかったのか、彼女は習い始めたきっかけから話し始めた。
人の話を聞くのが苦手な僕は、運ばれた珈琲を飲むと「弾いてよ」と催促した。

「ダメ!近所迷惑になるから夕方からは弾けないの。」

「じゃあ朝は何時から大丈夫?」

「えっ?・・そうね、8時・・やっぱ9時かしら?」

「じゃあ、明日起きたら弾いてよ。」

「そんなに朝早くから弾かないわ」と彼女は笑った。

久しぶりだった。
明日の約束をするなんて。



娯楽のない僕は家を出ることもなかった。
彼女が休みの日はずっとそのピアノを聴いていた。
彼女のピアノが好きだった。
力強く、叩くように鍵盤を走る指。
難解なフレーズでつっかえても、何度も繰り返し挑み、そして出来たときは僕も一緒になって喜んだ。
クラシック、ジャズ、ポップスも彼女が弾くと、誰のものでもない「響き」となって僕の心を純粋に打った。
そんな日が続いていた。

「こんなこと、長くは続かないな。。。」

閃きのように思った僕は、働こうと考えた。
せめて「彼女」の為にと。。


実際は甘くはない。
僕はリハビリが必要なほど、社会に馴染めなかった。
このままじゃいけないと思いはすれど、どうしても働くことができなかった。
どうしても、輝ける日が来るとは思うことができず、言い訳のようにその意味ばかり探っていた。

「今度死のうとしたら、彼女はほんとに僕を殺してくれるのかなぁ。。。」

呪いのような不吉な想像だけが、頭の中で渦を巻いているようだ。


その日も収穫はなかった。
就職斡旋所から帰ると、彼女はキッチンでシチューを作っていた。

「お帰り、ごはんもうちょっと待ってね!」

「仕事見つかった?」とは決して聞かない彼女。
その日も僕の働けない言い訳に「焦らなくていいんだから。」と優しさを見せる。
その優しさに、寛容さに疲れてしまう。


二人の静かな部屋に「Carole King」の古いCDが流れていた。
スカートにアイロンをかける彼女が、その歌を口ずさんでいた。

「♪ Snow is cold, rain is wet  Chills my soul right to the marrow ♪ 」

デッキの再生ナンバーとジャケットを照らし合わせると、その曲のタイトルが解った。
「Home Again」だった。


「ねぇ、この曲もピアノで弾ける?」

手を止め、少し考えた彼女は「多分・・」と答えた。

「弾いてみせて、今すぐ。」

「え~、もう夜だしダメだよ。」

珍しいほどしつこく、僕は頼んだ。
観念した彼女はピアノに座り、足元にある3本のペタルの真ん中を踏んだ。
いつもより篭った音のピアノ。
音量を抑える「ミュート」というペタルだった。

さっき聞いた曲が、彼女というフィルターを通して流れていた。
篭った音もそれとなく美しく。
僕は鍵盤をなぞる細い指をジッと見ていた。
ピアノほど上手いといえない彼女の歌を引き連れて、曲は短く終わった。

「さぁ!これで満足!?」

申し訳なさそうな顔で僕を見ると投げやりに笑った。
僕も笑った。
「上の階の人が怒って来なければいいんだけど・・」と少し心配しながら。



その日も仕事は見つからなかった。
もう見つけようとしてるのかすら漠然としてる気分だ。
期待に副えることもできない自分はまるで「迷子」だった。

うんざりした気分で部屋に戻った。
カーテンを開けると、夕暮れ前の和らいだ光が部屋に彩りを与えてくれる。

もちろん彼女はまだ帰ってきていない。
もうここへきて1ヶ月となる。
それでも僕の存在がまだ染み付いていない部屋。

晴れていたから今日もきっときれいな夕暮れだろう。
黄昏には、まだ1時間ほどあった。


ピアノのカバーを取ると、白と黒の規則正しい鍵盤。
あの日聴いた「Home Again」。
彼女の指を真似て、指を置いてみる。
頼りない和音が鳴った。
彼女のような力強い響きではない。
自身なさげに情けない響きだった。

音を手繰り、どうにかしようと足掻いた。
知識も努力もしない僕は、ただ無力だった。


彼女に死ぬことも許されず、あの日から余生を生きるような堕落者な自分。
クロゼットから自分の荷物を片付けた。
僕は何も残さぬよう彼女の部屋を去った。

それだけが、人の痛みが解るようになった僕の「思いやり」のつもりだった。















  

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2011年09月03日

Home Again(前)

      





自殺志願者だった僕は、他人の痛みなどまるで解らない人間だった。

誰かの努力を鼻で笑ってさえいた。
不幸な身の上の人にも関心もなかった。
それを救ってくれたのは彼女だった。



中途半端な決意で「死」に望むものだから、毎回痛い思いをするばかりだ。
カレンダーにその命日を刻んだりもした。
さっさと「死」を選べばいいものを、どうにも「生」にしがみ付く自分が無様だった。
誰かの迷惑を考えてみたり、関わってきたそれなりに良い人たちを思い出してみたりと躊躇い、「又今度にしよう。」とはなんとも間抜けで滑稽な話だ。
「彼女」もそんな「良い人」の一人だった。



新宿副都心では殴るかの如くの「春一番」が吹いていた。
ビル街の樹木が弓のようにしなり、芽吹いたばかりであろう青々とした葉をアスファルトに撒き散らしていた。
路面の吹き溜まりに集積されたその葉を蹴飛ばすと、舞い上がった緑が通りかかった銀色のバスを襲った。

「窓開けてた乗客いたら大騒ぎだよね。」

何事もなく行き過ぎるバスを見送ると彼女は言った。
半分ほどの葉の緑は対向車線の乗用車に再び撒き散らされていた。

「居たんだ。。。仕事は終わり?」

「うん。お昼食べに行こっか?」

彼女の仕事(打ち合わせ)が終わるまで、僕は公園と呼ぶには何もないこの緑地で待っていたのだ。
本や雑誌を読むわけでもなく、ただぼんやりと。
心細くはなかった。
行き交う人達は誰も僕に気を止める隙ももっていないのだから。
彼女は僕の腕を組むと、「紀伊国屋の近くの洋食屋がお勧め!」だとか、そんな類の話をしていた。
よくは思い出せないけど。。。




1度だけ、彼女は僕の死を止めた。

琥珀色したブランデーと白い頭痛薬を合わせ呑んだ後、僕は浴室で手首を切った。
バスタブに溜めた水が赤く染まっていく。
綺麗だった。
体が冷え、おぼろげになっていく意識の中、浮かぶ「後悔」。
誰のせいにも出来ない、自らの選択にも関わらず。
水の赤が濃くなるにつれ、後悔もその濃さを増していく。

「シニタク・・・ナイヨ・・・・・。」

呟けど、もう体の自由はきかない。

「目が覚めたら僕はどこにいるんだろう?」

眩暈の中そう思った。


気がつけばそこは病院だった。。
僕の寝ていたベッドにうつ伏せて、静かに寝ていた彼女がいた。
具合はすこぶる良い。
生憎ではあるけれど。

「ナンデ キミガ イルノ?」

その髪を触ろうとした時、気配に気づき起きた彼女。
僕を見るなり、大きな瞳から涙が溢れ出した。
そして叫び、激しく僕を叱った。

その喚きは、泣き声と怒りとが入り混じった、未だかつて聞いたことのない哀しい声だった。
言葉が言葉にならない中、落ち着きを取り戻した素振りで彼女は言った。

「今度死のうと思ったら言って。私が殺してあげるから!」

理にかなうはずもないよ。
そんな残酷な言葉。

どうやら妙な予感だけで僕の元を訪れ、見つけてくれたらしい。
僕の中に、少しだけ安らぎが生まれた。

「ほっとけないから!」

それだけの理由で、僕は彼女のアパートで暮らすこととなった。






  

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2011年03月12日

造花 最終話

最終話      プレゼント






時は満ちる。

膨らんだ風船のようだ。。。




「不思議ね・・アキト。。。」

「何が?」

「ラボルは表情なんか作れないのに、私にはアキトの表情が見える。なぜかしら?」

ディスクのピアノ曲が、部屋を彩るように流れている。
小さく笑うと、アキトは後ろから私を抱きしめた。


アキトと同じ顔をしたラボルが世界には沢山溢れている。
町に、工場に、研究所にも。
でも私にはわかるよ。
製造段階の不具合だったのか、アキトは少し色素の薄い頬を持っているんだもん。
見間違えることなんて絶対ない。

アキトをインストールしたのは私。
生まれた時から、アキトの事なら何でも知ってるんだよ。
その独特な癖も、悪戯な性格も。

そして今日、その機能が停止することも分かっていた。
アキトはあと数分後に「終わり」を迎える。
本人もそれは分かっていた。

「何故、エミルは博士にあんな嘘を言ったの?」

「私がアキトに命令したってこと?」

「・・うん。。どうせ僕には時間がない。だから処分されても構わなかったのに。。」

「そうはさせないわ!私には使命があるもの。」

「使命?」

「そう。。アキトを看取ること。」

博士の渡した薬がなんであろうと構わない。
毒であろうが、薬であろうが、使うことはもうない。
この惑星が滅ぶ時、きっと私も死を迎えるのだから。
受け入れよう、この運命を。
たくさんの別れと悲しみを。


ソファーに腰掛けるアキト。
その膝の上に私を抱いて。
私は確認するように、アキトの胸に耳を当てた。
小さな電子音が聞こえる。
どこか不定期なそのリズム。

「普通のラボルなら規則正しく刻むのにね。」

意地悪く言った私の言葉に、アキトは笑う。

「僕は出来そこないだからね。」

「でも、私はアキトの心音が好き。まるで「歌」みたい。。」


開け放した窓が、加工された外を映し出している。
シールドの向こうに、透けた月が薄い光を放射していた。
アキトはポケットから何かを取り出し、私に手渡した。
それは鍵だった。

「これは?」

「エミルへのプレゼント。僕が停止したら焼却場のロッカーを開けてみて。」

私たちは笑いながら13年の思い出話をした。
普段通りに笑ったり、わざと怒らせるような事を言ってみたりした。
明日の約束をしないように、少し気を使いながら。
やがて私の声に答えるその声にノイズが混じるようになった。

「アリガトウ・・エ・ミル・・」

笑顔で目を閉じるアキト。
胸の電子音が次第に小さくなり、聞こえなくなった。

閉じた瞼。
青白い頬に小さな傷跡。
慈しみも喜びも薄れたこの世界で、私の生きる全てだった人。
私の大好きだった人。。。

「おやすみなさい、アキト。」

もう握り返すことのないその手を、私は強く握りしめた。




あれから1年。

相変わらず誰もいない小高い丘。
去年はアキトと一緒だった、シールドの開く夜。
あのベンチの脇のタンポポ。
今年は綿毛となって、その命を輝かせていた。

私は車椅子を押していた。
車椅子にはアキトからのプレゼントが座っている。

「まだぁ?ママ。」

「もうすぐよ。」

アキトからのプレゼント。
焼却場で見つけたであろう小さなラボルのボディだった。
磨かれてピカピカの体。
修理を繰り返したであろう形跡。
ロッカーの中で私を待ちわびるように、膝を抱え座っていた。

私はアキトのチップをインストールした。
バグだらけの不良品のチップ。
独りで生きることを覚悟した私への最高のプレゼント。
私は子を授かった。


「ここからパパが見えるってホント?」

「うん、ちょこっとだけだけどね。」

低い警戒音と共に開かれたシールド。
遠くの星たちが祝福のように瞬いた。
気圧の変化により風が起きて、その風はタンポポの綿毛を勢いよく空に飛ばした。


死んだ者が星になるなどという古い言い伝え。
今信じる者などいるはずもない。
でも私は祈らずにいられなかった。

舞い上がった綿毛が私の頬に触れ、高く飛び立った。
アキトのキスのようだった。
私は両手を合わせた。

「どうか、世界のひび割れた場所を見つけて、その花を咲かせてね。」




完  

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2011年03月05日

造花 第9話


第9話     ワクチン







医学研究所からのニュースは、ちょうどお昼休みが終わった時だった。
森本博士が監禁されたという連絡。

身元不明の犯人が、博士を人質に研究室に立てこもっているという情報だった。


私は取りかかろうとしていた仕事もそのままに部屋を飛び出した。
廊下ですれ違った青木の声に答える事もなく、ただ走った。

飛び乗ったモノレールは医学研究所行き。
乱れる息を整えて、私は空いている座席に腰かけた。


「アキト、何をしようとしているの?」


私の勘違いかもしれない。
そうであってほしい。
博士が監禁状態にあるというだけのニュース。
でも確信があった。
区画された町を、モノレールはいつものスピードでもどかしく走って行く。


医学研究所の前には多くの人だかり。
それをかき分けて進むと、玄関正面で警官が通りを塞いでいた。
切れ切れの息をおさえ、私は一人の警官に声をかけた。

「博士を監禁してるのは誰なんですか!?」

「あ?。。あぁ、まだ分からない。」

「通してください!」

「は?・・・お嬢さん、博士のお孫さ・・・」

「もう!!いいから、通してください!」

その説明ももどかしく、私は警官を押しのけて走った。
肩を掴む警官の手を振り払い、玄関をくぐった。


閉館されたような静かな館内。
職員も医員も誰もみあたらない。
私の忙しない靴音だけが、廊下に響いている。
廊下の突き当たりにある博士の部屋を開けた。

おびえる博士に詰め寄る男の後ろ姿。
その顔がゆっくりと振り返る。
見たことのないほど険しい表情のアキトがいた。


「どうして・・・。アキト。」

「エ・エ・・エ・エミルさん、ちょうど良かった。か・・彼を説得してくれないか?」

裏返る声で博士は私にすり寄り、その膝元にすがった。
見下ろす形となった博士に私は言った。

「私が彼に命令したんです。博士を脅迫しろと。」

「は?」

思いがけない冷静な私の言葉に、博士はすがっていたその腕を離した。。
味方だと思った者に裏切られ、呆気にとられた顔の博士。

「違う!俺はエミルに命令などされていない!!」

アキトが声を荒げた。

「俺はエミルを騙したお前を許さない!ワクチンを渡せ!」

「あ・・あれは渡せない。エミルさんに死なれちゃ困るのが何故わからない!?」

言い争う二人に私は言った。

「使いません。」

「え?」

「決して使いません。私はもう死を選ばないわ。」

「エミル。。」

さっきまでの険しい表情も解けて、アキトはじっと立ちつくしていた。
私はアキトに小さな笑顔を見せると、博士に言った。

「博士、約束します。心配でしたら偽物でもいい。だからワクチンを彼に渡してください。」

「エミル!どうして!!」

「アキト。。もういいの。もう充分だわ。。」


アキトのらしからぬ乱暴な行動に、私は愛されている事を知った。
でも、これ以上はアキトを壊してしまう。
私たちのなりゆきを呆気にとられて見ていた博士は、少し落ち着いた様子で言った。

「わ・分かった。それでいいんだね。」

「はい、ご迷惑おかけしました。私が彼に命令したのです。」

「彼の・・バグではないと?」

「はい。」

「エミルさんにとって、そんなに大事ですか。。。そのラボルが。」

「彼は私の恋人です。」


そう、アキトはラボル。
もうすぐその命が終わることも私は知っていた。


ラボルは不具合やバグがあると処分される。
私は持つはずのない心を持ってしまったアキトを愛した。
そしてそれをずっと隠していた。

博士は事件をおおげさにしないよう、警察に説明してくれた。
私たちは見ることも残り少ない、作られた夕暮れの中を普通に歩いて帰った。
小さな瓶に入った液体を持って。。。


  

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2011年02月26日

造花 第8話

第8話     過ち







非臨床試験は成功した。

ロビーは痩せた体に枯れた体毛を生やした死体となっていた。
死体はもちろん研究材料に使われる。
連れてくる際、使っていたリードだけが私に手渡された。
亡骸はそれだけだった。

とてつもない絶望と懺悔が私を包む。

「私は何をしてしまったの?」

研究所までの道のり。
数時間前までロビーと歩いてきた道を独りで戻る。
ずっと一緒だったロビー。

「ごめんね、ロビー。。」

私はポケットのリードを握りしめた。



アキトには全てを話した。
私を殺す薬の為にロビーを殺したことも。
私にまとわりつく「生」を断ち切りたいことも。
アキトは目を伏せ項垂れて、静かに私の話を聞いていた。

「それで。。薬は?」

「。。治験が済んだら。。渡してくれるって。。」

壁を殴る大きな音に、私は身をすくめた。

「渡すわけないだろ!そんなもの!!」

アキトが声を荒げた。
呆気にとられる私の顔を見て、その震える唇が開く。

「この上ない検体のエミルを殺すわけないってことだよ!!」

「でも!博士は。。」

「嘘に決まってるじゃないか!気づけよ、そんくらい!」


言われてみればそうだ。
私の細胞は私にしかないもの。
それによって世界に発生する疫病のほとんどのワクチンが作られている。
私自体が今の世界を守る薬なのだから。

馬鹿だ!私は!!

冷静になれず、そんなことにも気付かず。。。
ずっと連れ添っていたロビーを殺してしまった!
目覚めた現実に頭が真っ白になった。

私は室内の手の届くもの全てを、どこへともなく投げつけた。
皿を、グラスを、棚を、椅子を、ただただ振り回した。
全てのものが部屋のあちこちに衝突しては割れては壊れていく。
耳障りな音を立てて。
それなのに私は壊れない!死ぬことができない!
今すぐ自分の体を切り裂きたい。
跡形もないほどまで!

「エミル!やめろ!!」

アキトが私にしがみついた。
振り回した瓶の破片がアキトの頬の皮膚を裂いた。
その傷を見て、私は我に帰った。

「エミル。もういいから。。もう。。。」

アキトは私を強く抱きしめた。
体中から力が抜け、私は膝をついた。
生まれて始めてと思えるほど大きな声で泣いた。
アキトの胸の中で。

「私はアキトが好き。アキトが終わるのを見たくないの。」

「うん。」

「でもアキトは絶対私より先に死ぬ。」

「うん。たぶんね。。」

その先の言葉は出てこなかった。
「好き」という言葉にどれほど私の気持ちは集約されただろうか?

「好き。。。好き。アキトが好き。」

私は何度も何度も繰り返した。

「僕も好きだよ。エミル。」


落ち着いた私はアキトの腕の中で考えていた。
アキトの胸に耳をつけると、不規則な心音がしている。

「あぁ、もうそんなに時間がないんだわ。。」

そう思うと、子守唄のようなその心音を愛おしく感じた。




  

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2011年02月19日

造花 第7話

第7話     ロビー






「血清」

それは私を殺す薬。



いつもどおりに医学研究所で名前を告げる。
受付を通ろうとした際、係員に制された。

「すいません、そちらの動物は?」

「博士には了解をとっています。」

戸惑いながらも受付に確認をとる係員。

「おとなしくしててね。ロビー。」

私はロビーの頭を何度も撫でた。

「博士は突き当たりの部屋です。」

確認が取れた係員は私を促した。


検体の時以上の緊張で体が震える。
まだ完成だと決まったわけじゃない。
幾つかの過ちや失敗の上で、この世界の化学は成り立っている。
湧き上がる心配を打ち消し、博士の部屋の扉を開けた。



「細胞組織の破壊が問題だったんですよ~、エミルさんの場合。」

博士は腰かけた椅子を揺らしディスプレイを指差した。
そこには数々の記号と螺旋状の私の設計図。
博士の作った薬は私の免疫力を制御させるというものだった。
医学用語を羅列し、開発の苦労話も交え、博士はいつも以上に上ずった声で長い話をした。
理解できない難しい話はもう十分だ。
私は1番気になっていた事を尋ねた。

「臨床試験は・・・無理だったんでしょうか、博士?」

博士は上ずった声を急に止め、改まった顔となった。

「それは無理ですよ~。エミルさん。。なんせあなたの細胞は一般の人間の構造とあまりにも違いすぎる。」

夢中で話すうちに鼻まで落ちてしまった眼鏡を直し、博士は落ち着いて椅子に座りなおした。

「例え臨床試験、いわゆる人体実験で成果が出たとしても、そのままあなたに当てはまるとは確信できない。」

「・・・・。」

「その為にもあなたと同じ細胞を持つ者への試験が必要なんです。」


非臨床試験。
いわば動物実験である。
私はその為にロビーをここまで連れてきたのだ。
私と同じ細胞を持つロビーを生贄として、私は願いを叶えようとしていた。


私は死にたい。
ずっとその願いを抱え、今まで生きてきた。
喉元を切り裂いても、目玉を抉っても私は死ぬことができなかった。
自ら命を絶ち、骨も肉も砕けたとしても、醜く崩れた私の体は又再生を繰り返すだろう。

アキトもいつかは死ぬ。
私の最愛の人。
幾つかの終わりを見届けた私だったが、彼を看取るのだけは耐えられなかった。
アキトと共に死を迎えられるのなら。。。
それこそが最高の幸せであり、夢だった。


「理解して、いただけましたか?エミルさん?」

私は力なく頷いた。
ずっと私と一緒だったロビー。
その年月は誰よりも長く、永遠とも例えられるほどだ。
薬を手に入れたら私もすぐに逝くから。
あなたのもとへ。。。

「では動物種を確認して。」

博士の声に現れたラボルが、ロビーを囲い連れていく。
ロビーを正視することもできなかった。
俯いた私はその気配さえ塞ごうとした。
膝の上で強く握りしめた拳に涙がこぼれる。
部屋の扉が開く音と共に、ロビーが「ワン!」と1回だけ吠えたのが聞こえた。

「実験に立ち会いますか?」

博士の言葉に私は何度も首を横に振った。



  

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2011年02月12日

造花 第6話

第6話      シュシュ







検体から10日が経ち、すっかり左目は再生された。
筋肉組織の違和感からか多少焦点がずれるものの、視力は元通りに回復した。
鏡に向かって頬を軽く叩く。
まるで自分自身がラボルみたいだと思った。


そんなラボルにさえ寿命はある。
労働期間と呼ばれるものが、その種類によって定められていた。
労働期間を終えたラボルは焼却場に集められ、体内に埋め込まれたチップを取り出す。
劣化した本体はリサイクルされ新しいラボルの材料となる。
チップにはこれまでの労働における不具合、改善策、解決法などが記録されている。
遺伝子が不具合を修正するように、改善されたそのチップを新しいボディに埋め込み、又新たな労働力とする仕組み。

「運ぶのが面倒だから寿命ギリギリに持ち込む人が多いんだ。」

1度だけ工場見学に案内された私に、アキトは説明してくれた。

「人の鼓動と同じでさ、電子音が寿命・・つまり設定の時間になると止まるんだ。」

「ラボルは、自分の死期を知ってるの?」

「うん。」

「悲しいとか思わないのかしら?」

「それはないよ。本来ラボルに心なんてないんだし。」

「でも記憶はあるんでしょ?」

「あっても自分が以前なんだったかなんて覚えていないさ。チップには記憶じゃなくてあくまでも労働に対する記録だけ残るんだ。」


その工場見学で迷子になったエミルは、ある場所に迷い込んだ。
そこはラボル本体の解体所。
一見死体の山に見えるのが、かろうじて首筋に刻印された製造番号でラボルだと解るだけの違い。
コンベアーに無造作に乗せられ、怪物の口に見立てたような機械の中に次々と放り込まれていく光景。
その昔に潜り抜けた戦争を彷彿させて、エミルはその場で嘔吐して倒れた。

それ以来、あの焼却場は大嫌いだ。
そこで働くアキトにも懸念を抱くのだが、アキトにはそこ以外で働く意思はないようだ。




その日、考古学室では「すり合わせ」の会議が行われていた。
年表と歴史を照らし合わせ、書き換える作業である。
平たく言えば歴史の改ざん。
生き証人の残っていない古い歴史、自国に不具合のある情報は変えてしまうというものだった。
閣僚や大臣も出席して、いつも以上に緊張に包まれた会議室。

「この年の戦争によって第6RT-4地区の被害につぃては?」

見覚えのある焼け野原がスライドで映し出される。
死傷者数とその損害が数値となって映像の隅に書きだされている。
全て燃え尽きた戦争だったから、どこだったなんてエミルにもわかるはずもなかった。

「間違いないと思います。」

「抹消とします。」

有無も言わせぬ大臣の言葉に、誰も興味すら持たないようだった。
「過去」に対する「真実」「事実」。
私が見てきたものはあくまでも「すり合わせ」の確認だけである。
私自身、否定、改ざんされる自分の記憶に大きなこだわりはなかった。
むしろ「夢」だったならよかったのにとさえ思う真実もある。

その真実を声高く明らかにしようとは思わない。
ただ、私の目の前で死んでいった自分より小さな幼子の姿がいつまでも張り付いてしまう。
その子の生きた意味すら抹消されてしまうようで、少しだけ胸が痛んだ。



「エミルさん、お疲れ様でした。」

紅茶を運んでくれたのは青木だった。
今日は書記として会議に参加していた。

「大臣や官房たちの中で、エミルさん完全浮いてましたよ。」

エミルの扱いに敬遠する人の多い中、ぶっきらぼうに話しかけてくれる青木は嬉しい存在だ。

「見学に来ちゃった官僚の孫って感じ。」

そんな青木の言葉にエミルは紅茶をふきだしそうになった。
紅茶がスーツにこぼれ、あわてるエミルに青木はハンカチを手渡した。

「もう!青木さん!年上の先輩に失礼なこと言わないで!」

「あっ!これはどうも、失礼いたしました。」

深々と頭を下げる青木と共に大笑いをした。
議事録を作る職員が、場違いな声の二人に怪訝そうな顔をしていた。

「そういえば青木さんのお孫さん、高校生でしたっけ?」

「ええ、就職はメディア、マスコミ関係へ行くんだって言い張ってね・・・。」

長くなりそうな話を聞きながら、私は伸びた後ろ髪の髪飾りを外した。
小さなハートの石を散りばめた髪飾り。

「これ、気に入ってもらえると嬉しいんだけど。。」

「あら、可愛い。」

「シュシュといってね、昔流行ったものなんだけど、もし良かったらお孫さんに。。」

「エミルさんのセンスなら間違いないわね!ありがとう、頂くわ。」



家に帰ると、アキトがシチューを作っていた。
その足元でロビーが退屈そうに尻尾だけ振っている。

「メール来てるよ。森本博士から。」

私が傷つく事を恐れてか、訝しげにアキトは言った。
メールには「血清の完成」が記されていた。

「何?血清って?」

メールを読んだのであろう。
出来あがったシチューをテーブルに置くと、くぐもったアキトの質問に私は声を弾ませて答えた。

「私のね、体質に合う薬よ。完成ですって!」

「ふーん」とどこか疑いの声のアキト。
私が待ちに待った薬であることは間違いない。
私は床のロビーを抱き締めると、その頭をくしゃくしゃと揉んだ。
ロビーは特に喜ぶ素振りもみせず、プイッとその顔を背けた。


全ての準備は整った。
覚悟も出来ている。
薬に関する博士との条件が私の胸を痛ませる。
その覚悟が私を狂わせていた。




  

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2011年02月05日

造花 第5話

第5話     タンポポ






誰もいない小高い丘に置かれた小さなベンチ。
車椅子を降りた私は、腰かけて大きく背伸びをした。

「車椅子は疲れた、エミル?」

「アキトの運転が乱暴で疲れたわ!」

そんな嫌味にアキトは笑うと、ポットに入れた紅茶を注ぎ私に手渡した。
人工太陽の光が薄らいでいく。
ぼんやりとした闇が迫り、私たちの影を消しはじめていた。


アキトと暮らして13年。
シールドの開く空を眺める二人の行事も13回目になる。

そう、たったの13年のこと。。。
私の生きた日々の中のほんの一瞬。
そしてその一瞬は、それまでにない濃度の時間。
いつかやってくるアキトの「終わり」と共に、このまま死ねたらどれほど幸せだろうと思う事さえある。
両手の中の紅茶の湯気が、白い雲のように目の前に浮かんでいた。


普段吠えないロビーが、体を屈めて低く吠えている。
ベンチの脇になにかを見つけたようだ。
みると敷き詰められたレンガを割って出たタンポポ。
黄色い花を力強く咲かせていた。

「エミル、花だ!珍しいね。」

「タンポポっていうのよ。」

「この下にちゃんと地面があるって証拠だね。」

「この花は枯れるとね、綿毛の種を空に飛ばすのよ。」

その時、低い警戒音が街に鳴り響いた。
会話を止めた私たちは空を見上げた。
いよいよだ。
シールドがなにかに警戒するように、ゆっくりと開きだした。


気圧の変化の影響で、僅かだが風が生まれる瞬間。
紅茶の湯気が幻のように消える。
私の髪がなびいて、ベンチ脇のタンポポもその花を揺らした。
それはまるで、解き放たれた時間を喜ぶ「踊り」のようだった。

1年ぶりに見る本当の空。
公害もすっかり無くなった世界の空が、無数に散らばる遠い星たちを映し出した。
見下ろす町の光とは違う天然の輝き。
右の眼だけでみるにはもったいないとさえ思うその美しさ。

「きれい。。」

「うん。。。エミルはこの星の命と似てるかもね。」

「?・・・どういうこと?」

「きっといつか君も死ぬ。それが早い遅いなんて「ものさし」はどこにもないってことさ。」

確かに、瞬くこの星の光も永遠ではない。
改まった顔で死を宣告してくれるアキト。
それは私にとっての優しさ。
私は言葉を選んだ。

「・・・私はたくさんの終わりを見てきたわ。そしてきっとアキトの最後を看取る。。。それだけが。」

「ありがとう」とだけアキトは言って再び空を見上げた。
私もその視線を追って空を見る。
眼差しをそのままにアキトは言った。

「死んだ人は星になるんだっけ?」

「えっ?」

「前にエミルが教えてくれた古い言い伝えだよ。」

「そうね。。覚えてたんだ。」

「僕もそうなりたいな。。。そしてエミルの生きていく姿を見守るよ。」

私は言葉を失くして俯いた。
足元のタンポポがまだ微かに揺れていた。


風もないこの世界に生まれたタンポポ。
その綿毛は飛ぶことも許されず、仮に飛べたとしても次に土に出会う可能性はほとんどない。
それでも生きることの意味を、アキトの言葉を、私は理解したくなかった。
全てが絵空事のように感じていた。


定時となり、換気を完了させた空はゆっくりと塞がれていった。
アキトが「歌」を口ずさんだ。
あの優しい「歌」。

「まるでテーマソングみたい。。」

昔あった「映画」というものに似ていると私は思った。

  

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2011年01月29日

造花 第4話

第4話       シールド






この世界に風は吹かない。
見上げる空は塞がれた空。
発達した科学は、惑星を巨大なシールドでスッポリと囲ってしまった。
太陽に変わり、空に浮かぶのは人工の空調システム。
外気を受け入れられないほど、今や惑星は弱ってしまった。

シールドに覆われた惑星は、天候も気候も、昼も夜も、そして季節さえも全て管理されている。
海も土も生物、植物も、人が管理し、ラボルがそれを守る仕組み。
争いも混乱も排除された平和かつ衛生的な理想郷。


その昔、「音楽」や「踊り」が場所を問わず溢れていた。
祝い、弔い。
伝統や記念日。
それに寄り添うように「歌」が流れていた。

それすら誰も必要としなくなっている。
憂いも愛でる気持ちも、現存しているあの写真のように色褪せる。
今では人もラボルもそれほど変わりはないのかも知れない。



退院した私は、検体の時の話をしなかった。
あの写真の昔話と違って、そこに楽しい要素は何もないから。
アキトの嫌がる顔を見たくはなかったから。

どことなくぎこちない夕食が済むと、アキトは「朝早いから。」とだけ言って部屋に戻った。
私は浴室で、入浴できない傷だらけの体をお湯で拭いた。

「まるで怪物みたい。。」

鏡に映った自分の姿。
あちこちに切り裂かれた皮膚、ポッカリと穴の空いた状態の左目。
こんなにまでなってもまだ私は生きている。


包帯を巻きなおして着替えた私は、アキトの眠るベッドに潜り込んだ。
アキトを起こさぬよう、背中が触れぬよう、こっそりとシーツに包まった。
シンシンと無機質な夜が寝室の外で鳴り響いている。

「。。エミル。。まだ起きてる?」

囁く声に私が頷くと、アキトは私を後ろから抱きしめた。
力強い腕に体を転がされ、その器用な指先が私の服を脱がせていく。

「今日はイヤ。見ないで。。。」

微かな抵抗。
見られたくなかった。
血の滲む眼帯と、包帯だらけの私。
痛々しい表情でそれを見つめると、その唇が二の腕の傷に触れた。

「ごめんね。。私、こんなで。。。」

その言葉を遮るように、唇が塞がれる。
それに答えるように、私はアキトの肩を強く抱いた。

アキトのキスは何よりもの薬だと思う。
そして決して乱暴にしないことも解っている。
キスが、その指が、私の敏感な部分を狙うように触れていく。

「アキト。。。私。。私。。。」

自分で何を言おうとしていたのか分からない。
ただ愛されたかった。
人として、女の子として愛されたかった。
涙が右の頬を伝った。




「換気」と呼ばれる年に1度の日。
日が暮れる頃を見計らい、私たちは見晴らしのいい丘へ向かった。
そこは二人だけのお気に入りの場所。
そして今日は、惑星をすっぽり覆うシールドが数分間だけ開放される日だった。

左目だけは未だ再生されないが、もうすっかり歩ける。
それでも心配性のアキトに制されて、私は車椅子に乗せられた。

「コラ、ロビー、やめろぉ!」

私の右に左にと、まとわりつくロビーを振り切るように、アキトは車椅子を押すスピードを上げる。
頬に当たる空気が風となり気持ちいい。
ときどき悪戯にドリフトさせるアキト、足をもつれさせるロビー。
私はカン高い声を上げてはしゃいだ。


あぁ、もうすぐだわ。。。。
もうすぐあの場所だ。。


「ねぇアキト。。。遠回りしない?」

背中越しに身を乗り出して私は言った。

「えっ?でもすぐ夜になっちゃうよ?」

縦横に区画され、同じ建物で囲われた町。
眺めのいい場所や、美味しい匂いを漂わせるパン屋があるわけでもない。
遠回りしたところで風景は何も変わらない。
きっと私の言う意味は理解されない。

アキトはそのまま車椅子を先導させる。
遠くに見えてきた焼却場が、埃っぽい煙を立てている。
そこはアキトの働く場所。
私はそこが嫌いだった。

できるだけ見ないようにうつむいたが、僅かなツンとする匂いが私の鼻を刺激する。
アキトは鼻歌を口ずさむ。
宝物のディスクのあの歌だ。
アキトは器用だ、声もそのままそっくりに歌う。
うつむいたまま、そのやさしい声に集中した。
私を乗せた車椅子は、何事もないように焼却場を通り過ぎた。



  

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2011年01月22日

造花 第3話

第3話   モルモット







280年前に流行した疫病で、私は生き残った。
それは科学者であった私の父のワクチンのおかげ。
疫病に絶大な効果を表したそのワクチン。
しかし、それには起きてはならない大きな副作用があった。

「不老不死の薬」

私は「死なない魔女」に変身してしまった。



ワクチンを接種したのは私と愛犬のロビー。
ギリギリの試験段階での接種だった。
結果、父は弾圧にあい、拘束された拘置所で疫病に倒れ、私は多くの宗教団体のターゲットとなった。
私を神として崇めようという狙いだろう。
国の監視下で私とロビーは拘束された。

私に対する「罪」はなく「裁き」もない。

「誰よりも長生きする少女」への応対など、誰も知るすべはない。
長い歳月に、私を監視する担当者も幾度となく変わり、やがて死に絶える。
同様に法も幾度となく変わった。
監視下という状態もあやふやとなり、60年ほど前「歴史を誰よりも知る生き証人」として、考古学研究所が私を引き取った。
拘束も解け、表向きは今や「普通の人間」としての生活が保障されている。




その日、私は医学研究所にいた。
アキトが疎ましく思う「検体」の為。
「検体」とはその細胞組織の研究。
いわば私は実験材料。
不老不死の生業を将来的な医学に生かそうというのだ。


私は弾圧の中の父を今も覚えている。
でもそれすら今を生きる人には遠い過去の話。
ほとぼりが冷め、再び諍いが戦争を生んできた歴史のように、正義すら形を変えることを私は知っていた。

医学研究所での私はモルモット。
ここでの私には人としての権利や尊厳はなく、280年前の拘束された扱いだ。
狭い研究室の中で私は血液、細胞組織などを摂取され、いくつかの薬を投与される。
当然のように苦しい目にあう。
一般の薬を投与しても、その効果すらわからないものだから仕方がない。
毎回、幾度かの吐血や皮膚断絶、呼吸困難を繰り返す。


アキトはそのことを知っている。
だから当たり前に苦しむ私に、憐れむ眼差しを投げるのだった。
「検体」の痛みより、それだけがなによりも私を辛くさせた。

これは「罰」だと思うようにしてきた。
誰よりも長く生きられる事に対しての「罰」だ。
どんなに苦しくても、傷が血を噴き出し、痛みが体を駆け廻ろうが、私は死ぬことはないのだから。


この日は左の眼球の摘出。
私に効果を表す麻酔薬はない。
体を可能な限りあばれさせ、意識が遠のく感触に身をゆだねるしかない。
口をつく「痛い」という言葉が、せめてもの「人」としての言葉。
そして、仕打ちに対する懺悔のような言葉。
新人のインターンがガーゼで口元を覆い、嗚咽をこらえ部屋を慌てて出ていくのが見えた。




「相変わらずの回復力ですね~。エミルさん。」

意識は未だ朦朧としている。
診察台の私を目覚めさせたカン高い声は森本博士だった。
起き上がろうとすると、傷口が裂ける感触と電流のような痺れが体を覆った。

「あっ、いいんです。そのまま、そのままで。」

博士は大げさに手のひらを私に向け、敬うように言った。
私は体にある傷と異常をゆっくり確認して、枕に頭を戻した。

「毒に対する白血球の抵抗も、皮膚の組織の復活も通常の50倍はありますよ~。」

博士はベッドの脇の椅子に腰かけると、学生の成績を褒めるかの如く喜んだ。
今日も多くの収穫があったとみえて、カルテを見る眼鏡の中の瞳は嬉しそうに輝いていた。

思えば森本博士とも長い付き合いになる。
研究生としてやってきた頃は二十歳くらいの青年だったのに、今ではすっかり白髪の老人だ。
そして私に関わったばかりに非常識な狂人となってしまった。

「先生。」

「ん~?なんですか~?エミルさん?」

「例の薬。・・血清の開発は進んでいるんですか?」

聞かれる覚悟があったのか、博士はカルテから目を離すことなく「あと少しですよ~。」とだけ答えた。
予想通りの答えを貰い両手で顔を覆うと、私はひとりごとのようにつぶやいた。

「私は。。誰かの・・人の役にたってる?」

「もちろんですよ!エミルさん!!あなたのおかげで今や「病」というものすらこの世から消えようとしているのですよ!」

「それは。。人のほんとうの幸せに繋がるのかしら?」

その言葉の答えを博士は持ち合わせていないだろう。
左目のジクジクとした傷口が再生される感触の中、投げた言葉の答えも待たず私は少し眠った。
右目で眺めた診察室では、ラボルが忙しなく清掃をしていた。




  

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2011年01月15日

造花 第2話

第2話  アキト







日は暮れているというのに部屋の灯りは消えていた。

「ただいま。」

帰宅した私の声に、部屋の奥から愛犬のロビーが駆け寄り、じゃれてくる。

「こら!ロビー、やめて。アキトは?」

当然答えが返ってくるはずもなく、ロビーは舌を出し尾を振るばかり。
その頭を撫でると私は2Fの部屋に。
ベッドには体をクの字に丸めたアキトが寝ていた。
いつものことだわ。
近づいて起こそうとすると突然驚かす、という魂胆に違いない。

「アキト。起きてるのはわかってるのよ!」

私は声色を低くして、わざと不機嫌そうに言ってみる。
2回、そして3回と呼びかける。
それに対しての返事もない。

「アキト。。?」

心の中に毛羽立ったザワザワしたものが生まれる。
嫌な予感で近づくと、アキトはワッと声を上げて無邪気にはしゃいだ。

「おかえりぃ、エミル。・・・・エミル?」

声に詰まりうずくまる私の傍で、アキトは優しく肩をさすった。

「ごめん。。そんな驚くなんて思わなくてさ。。。」

別に驚いたわけじゃない。
ただ。。
その意味を言えず私は袖口で涙をぬぐい、ただ「大丈夫。」とだけ言って立ち上がった。



アキトは私の同居人で恋人。
13年ほどの付き合いは、私の長い歴史の中ではほんのわずかな時間。
異端な私を普通の女の子として見てくれる貴重な存在。
私にとってはかけがえのない理解者でもある。



いつもと同じ二人の食卓で、私は今日の写真選定のことをアキトに話した。
まだ花屋があった時代のことや、赤い電車のこと。
まだ私が、大人になることを夢見ていた子供だった頃の昔話。

あたりまえに風が吹いたり、突然雨が降ったりと、今では考えられないハプニングにあふれてた時代。
この星で「外」が本来の「外」だった頃。
宙を仰ぐと、果てしない空が広がっていたあの頃。

そんな私の話に、アキトは沢山の質問を交え聞いてくれる。
嬉しさに話も弾み、私は今日のぶっきらぼうな鑑定員の事にまで話を繋いだ。

「その人が冷たい態度でねっ!まるでラボルかと思ったわ。」

青木が言ったままのカッコ悪い中傷を真似た自分。
それに気づいてハッとして言葉を止めた。
アキトは少し話に飽きた顔をして、テーブルの食事に箸を伸ばしていた。
ロビーは部屋の暖かなところを陣取り、すやすやと眠っている。

「ん?。。でどうしたの?」

急に話を止めた私にアキトは尋ねる。
私は「ううん、なんでもない。」と少しホッとして、同じようにテーブルの食事に集中した。



ラボル。
それはロボット。
人間そっくりの動きと優れた知能を携え、その纏う皮膚も人と見間違えるほどの精巧なロボット。
違うと言えば感情を持たず、もちろん表情を作ることもない。

280年前に流行した疫病により、人間は100分の1にまで減った。
残った人間が発明し、未来へ作り出した労働力。
それがラボルだった。



グラスに注ぐ水の音が大きく聞こえるのは、今までの会話が途切れた証拠。
私はぼんやりと花屋さんの店先で笑顔だった子供を思い出していた。
きっとあの子ももちろん、その祖先も残っているのかは不確かな事だ。
今尚、人口はみるみると減少し続けている。
この時代、残った人間が子供を授かることもあたりまえではなくなっていた。


「いけねっ。そろそろ行かなきゃ。」

アキトはそう言うと鞄を持って玄関へ急いだ。
出勤時間だった。

「ちょっとぉ、片づけは?」

「ゴメン、遅刻になっちゃう!やっといて、ゴメン。」

「もう~~。」

「帰り明日の朝だからさ、エミルどっか出かけようか?」

「明日は・・・」

言葉に詰まってしまった。
そして棒立ちのまま、気まずく小さく笑った。

「でも・・・明日私。検体だから。。。」


アキトは靴を履く動作を止め、困ったような眼差しで私を見つめていた。



一人になった2Fの部屋で、私は昔の機械を作動させた。
青いディスクを吸いこむとそのデーターを再生させる「オーディオ」と呼ばれた機械。
器用なアキトが私の為に作ってくれた機械。

1曲目はピアノに合わせて歌う優しい声。
もう1曲はピアノの寂しい調べ。
今の時代では誰も耳を傾けることのないもの。
普及されることなく滅びた「音楽」が流れだした。


ベッドに顔をうずめ、ゆっくりと目を閉じる。
その安らかな音は水。
私は泳ぐようにその中に溶けていく。

服の上から自分の乳房に触れる。
未発達の少女のままの体。
もう育つことも枯れることもない、造花のようなその体を弄った。

生理が近いせいだろうか?
生殖器としての機能を果たせないのに、欲しがる体の私。
「どこかおかしくなっちゃったんだ。。」といつも思う。
私は切れ切れの呼吸の中、アキトの名を小さく囁いた。


2曲しか収録されていないディスクが、1曲目を繰り返す。
今の時代では不要となった産物。
300年近く前の、父の残した遺物。
1枚しか残されていないその青いディスクが私の宝物だった。


  

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2011年01月08日

造花 第1話

第1話  エミル





閉じられた白い封筒。
その閉じ口にカッターを入れる。
机に広げられた中身は数枚の写真だった。

赤い鉄道を囲うような商店街。
押し車で荷物を運ぶ男性。
ガソリンで走る車。
白い雲が浮かぶ青い空。
そのうちの1枚に私は心奪われた。

「あぁ、花屋さんだわ。懐かしい。。」

子供の笑顔の先には店先に並べられたガーベラ。
写真に色褪せはあるものの、その花の青色は私をうっとりさせた。
5枚ある写真には、そんな古(いにしえ)の風景が閉じ込められていた。

「この頃の写真で間違いないでしょうか?」

壁のディスプレイをポインターで指すと、男は尋ねた。

思い出にふけるその写真から顔を上げると、そこは会議室。
「感傷に浸ってる場合じゃない」とでも言いたげな口ぶりだった。
ディスプレイには色分けされた年表が映し出されている。

「。。。ええ、間違いないでしょう。」

「5枚とも?」

「はい。」

「場所は特定できますか?」

「今のSA-7ブロックだと思います。赤い電車はあの頃・・・」

「わかりました、ありがとうございます。」

特定場所の理由も制して、男はいかにも事務的に礼を言った。
それは私を信頼してる証拠なのだろうが、あまりに素っ気ない。

「仕事は終わりです。又お願いします、エミルさん。」



帰り仕度に入ったロッカー室に居たのは処務課の青木だった。

「あら?エミルさん。今日は仕事終わりですか?」

「ええ、写真の選定だけでしたから。」

「嫌な奴だったでしょ?鑑定員?」

二人しかいないロッカー室にも関わらず、青木は囁くように言った。
おそらく素っ気ない物言いのあの男を指しているのだろう。
私はあえて答えず、スーツを脱ぐと着替えはじめた。

「ムスッとしてさ、私は最初’ラボル’かと思いましたよ。」

50代特有のエクボある足を投げ出し、青木はストッキングを履きながら話を続けた。
足ばかりではない、年老いて曲線も歪んだその体型。
憧れではないにしろ、私は妙な眼差しでそれを見ていたに違いない。
青木は私の着替えた姿を見て、「そういえば!」と思い出したように話を変えた。

「エミルさんのその髪飾り、ウチの孫も着けてるんですよ。今の流行りかしら?」




乳白色が連続する廊下を私は一人歩いている。
この建物は政府が管理する、世界でも厳重な分野の研究所。
私はここで働いている。

新入りだろうか?
途中の一室から出てきたうちの一人が、私を見て驚いた表情をする。
軽く会釈をしてその横を過ぎる私にもその会話が聞こえた。

「ちょ、ちょっと。。誰なんですか?今の・・・?」

「あぁ、エミルさんか?」

「エミルさん?・・いや、名前とかじゃなくて!・・おかしいでしょ?」

「おかしくはないさ、ここの考古学室の大先輩だぞ。」

「!!・・だって・・どう見ても10代の女の子じゃないですか!?」


冷たい廊下に石のような音を立てるミュール。
潤いをふんだんに残した黒い髪、それを飾る紫のカチューシャ。
そばかすの少し残る頬と薄いグロスを塗った唇。
タータンチェックのミニスカートにニーソックス、そしてピンクのブラウス。

私はエミル。
17歳の姿のまま、200年以上この世界で生き続けている。




  

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2010年04月13日

ロリィタs Not Dead!! 最終話


冷たい風は満開だった桜をことごとく散らします。

冬に逆戻りしたかのような寒い朝、新幹線の上りのホームで、私は東京行の列車を待っていました。
喫煙所が見つからないとボヤき、戻って来た省吾さんは落ち着きない様子で私を見ました。

「お前、荷物それだけかよ?」

naotoFRILLのトートバッグをみると省吾さんは言いました。

「ええ、荷物は全部預けてありますわ。」

「いよいよだな。」

「ええ、いよいよですわね。。。」

幾つかの架線が網を張る空を私達は見上げました。
慣れ親しんだ街とも暫しのお別れですわ。

法事の家族連れのお母さんは、ぐずる子供をあやします。
海外旅行でしょうか?
スーツケースを足元に転がし、ベンチで雑誌を読みふけるこざっぱりした女性。
アタッシュケースとスーツの新入社員は先輩の指示の元、忙しない日常を携帯電話で回避しています。

いろんな人の沢山の糸が交差する駅のホーム。
私たちの糸もその中で、確実に絡み合っています。
乗車する新幹線が巨体を滑り込ませホームに入ってきました。
その風は私のパフスリーブのジャンパーの袖と羽根のコサージュを揺らします。

ドアが開き、省吾さんはその中へ吸い込まれて行きます。

「そうですわ!私、飲み物買ってきますわね。」

「なんだよ?すぐ出発だぜ。」

「すぐ戻りますわ。」

私はホームのキヨスクへ駈け出しました。

これで私の出来ることが全て終わりました。
ここから先はお願いしますわよ。。


省吾さんは自分の指定席を探します。
見つけた二人掛けのシート。
私が座るべき窓際のシートに誰かが座っているのに気づき、その足を止めます。
パープルのヴィックに’HeartE’のベレー帽。
それは前の駅で乗り込んだリサでした。

細工は流々。
これで私の作戦は完了です。
私は手のひらの入場券を握りしめます。
窓の外の私を見つけ、省吾さんはガラスを叩き、叫びます。

「騙したな!!」

ベルが鳴りドアが閉まり、声はもう聞こえません。
でも、その口がそう動いていました。
リサは私を一蔑するとプイッと顔をそらしました。

「うわぁ~~、最後まで嫌な奴っ!!」

ベロベロバーで私は見向きもしないリサと困惑した省吾さんを見送ります。
車両は加速して二人を東京へ連れて行きました。




「そう。。無事に二人は行ったのね。。」

おししょー様は棚のレースを丁寧に箱に納めると、私の話を確認するよう言いました。

「省吾さんのビックリした顔、おししょー様にも見ていただきかったですわ。」

私はロールの布を種類ごとに縛りあげ、袋に梱包します。


ナボコフは暫く閉店です。
ミシンにはサテンのカバーが掛けられ、棚に並んでいた多くの布やレース達は箱に眠りました。
スイスの職人外科医の元へ、おししょー様は足の治療へ行くのです。

「あの二人、上手くいくといいですわね。。」

「あら?あなたはそれでいいの?」

掃除機をかける私に、おししょー様は意地悪く言いました。

「大体にして、おししょー様の弟とはいえ、あんなチビ!タイプじゃございませんわ!!」

「そう?ホームで見送った後、泣いたかと思ってたわ?」

「!・・・まさか、おししょー様!まだ見えるんですか!?」

「あら?正解?」

「!もー!!そこ邪魔ですからどいてくださいっ!」

働く高音を響かせる掃除機を振り回すと、私はおししょー様を追いかけました。



私たちの未来。
そんなこと知ったこっちゃありませんわ。
強く望めば夢は叶うなんて戯言。

でも私はその未来に思いを馳せます。
そしてそこへ向かう今を生きるのです。

おししょー様は足を治して、ナボコフを再開する約束をしてくれました。
手術とリハビリに費やす時間は2年。
短大でたっぷり勉強して、2年後私はここへ戻ってきます。
その頃、省吾さんとリサはテレビに出てるくらい有名になってると素敵ですわ!

「いろいろとありがとう。暫しのお別れね。」

おししょー様はブレスレットに変身したナボコフの鍵を、私の首にかけてくれました。
頑張って手にした金メダルのように、それは胸元で輝いていました。

雑踏の4月の通り。
隣の鰻屋さんのいい匂いの中、私は重く閉ざしたナボコフの扉に鍵をかけました。

「じゃあ、2年後にここで逢いましょう。」

「おししょー様も御達者で。」

握手をするとおししょー様は東へ、私は西へと歩き出しました。

7歩進んだ時、尖った埃っぽい風が通りを吹き抜け、私は思わず目を細めます。
風が通り過ぎたその先を振りかえると、そこにおししょー様の姿はなく、色あせたピンクの花びらが小さな竜巻を作っていました。


未来が見えなくても、明日が曖昧でも、私たちは進むのです。
フリルの似合わないオバサンになった時、私は考えるのでしょうか?
「ヤレヤレ・・不毛な青春を送ったわ」と。

いいえ!
きっと後悔はしないですわ!!
そうですわ!靴!
勉強して靴を作りますわ、おししょー様の為に!

私は胸元の鍵を強く握りしめて、さながらRPGの主人公のように勇ましく歩行者天国を闊歩するのでした。








    完

  

2010年04月10日

ロリィタs Not Dead!! 32話




落雷のような爆音。
耳を塞げど避けきれません。
フロアーを覆うのは、狂わんばかりの歪んだ音色だけです。
中学バレー部の監督は「音楽に対する冒涜だぁ!」と叫び、その姿を消してしまいました。
そして多くの一般市民もその音からの避難で逃げまどっています。

地鳴りのような「RAMONES」の「I Believe In Miracles 」。
でも私たちはただ奇跡を待つような無様な真似は致しませんわ。

事態を重く見た関係者が集まります。
ステージ後方のエレベーターは、誰も運ぶことのないただの機械となってモクモクと動いていました。

「誰かあいつらを止めろ!」

斎藤さんの指示に沢山の警備員が詰めかけます。

「電源だ!電源を抜け!」

「無理です!斎藤さん!」

「なにっ!?」

「電源ボックスの鍵、全部掛けられてます。」

「!!じゃあせめてPAだ!ミキサーのボリュームを!」

「下げました!」

「なにっ!?」

「下げた、というよりオフです。」

「なんだと!?でもボーカル聞こえてるじゃないか!」

「・・・」

「じゃあ、あの娘。まさか地声で・・・・」


ウフフッ。
そうなんですよ、斎藤さん。
こんな妨害は予想済ですわ。
最初からマイクで歌う気はサラサラございませんのよ。

流石に2000Wを超える音に対抗するのは少々酷です。
マイ山で不満を叫んだ田舎の日々。
私の喉を異常なまでに鍛えた咆哮が、今役に立ちましたわ。

「ええい!ステージ上のアンプを撤去だぁ!!」

なんやら時代劇の大捕物みたいになってまいりましたわね。。
短い1曲目が終ったところで警備員も警棒を持ち、臨戦態勢です。

「やっておしまい!誠二!省吾!」

「お前はドロンジョかよっ!」

私の指示に笑うと、ステージに上がろうとする警備員を二人は蹴落とし、振り払います。
2曲目の「Johnny Thunders」の「BORN TO LOSE」が戦いの合図でした。

爆音にも慣れたのか、そんなステージ際のてんやわんやに多くのギャラリーが戻ってまいりました。
「kappa」のジャージ(上下)を着たヤンキー風の青年が調子コイて煽り立てます。
これです、これですわ。
これくらいアナーキーじゃなくちゃパンクじゃございませんわ!
本日2枚目のシンバルが破裂して、破片が会場内に花火の如く飛び散りました。

最前列のおししょー様は微動だにいたしません。
乱痴気騒ぎを、いつもの頬笑みで見守ってくれています。
耳の腐ったバカ者たちが、そんな最前列に集まりだします。
そんな姿を見た警備員の一人が、親切心から車椅子を避難させようとしていました。

「私のおししょー様に触らないで!」

私はただの飾りとなったマイクを投げつけ、警備員はそれを腹に受け、その場に倒れこみました。
その姿を見た若者たちはその意図を理解して、おししょー様を守るように囲みこみました。
ありがとう。
ごめんなさいませ、あと少し。
あと少しだけ持ちこたえて下さい。


ショッピングモール開店以来、最大の事故となるでしょう。
私は昔の何もできない頃の自分を思い出していました。
不満と満足の割合について考えていた、あの夏休み。

不満があってこそ、それがエネルギーとなるのです。
なるがままに諦めていたのでは、何一つこの手には残らなかったでしょう。
ロリィタは死なない。
そしてパンクも。
衛生的なこの世界でこそ、フツフツフツと不衛生に沸き続けるのです。

2曲目が終わり、戻ってきたギャラリーから冷やかしに近い歓声が上がります。
そんな声に間髪を入れることなく、ラスト曲のイントロが流れます。
それは昨日合唱したばかりのあの歌。
「仰げば尊し」。
日本のパンクバンド「スターリン」のカバーナンバー。
泣いても笑っても、これがismのラストナンバーです。


「3曲」という限界は、演奏の妨害を食い止めきれる限界だけではなかったのです。
私の喉も限界でした。
完全に声は枯れ、口から出るのはかすれた呼吸の音だけです。
力なく歌い出した私は、マイクスタンドを杖にその体を預けました。

「充分ですわ。これだけできれば。。」

項垂れ、半ばあきらめが心を占領しようとした時です。


「おもえば いと疾し このとし月 いまこそ 別れめ いざさらば 」

・・・?
誰?
・・・しかも・・一人の歌声じゃない!
吹き抜けとなった場所を見上げると、アーケードを囲う2F、3Fのところに沢山の人だかり。
目の前のアーケードの大勢の人達も拳を上げて合唱していました。

群衆を味方にした私たちに、警備員も斎藤さんもなすすべなく立ちつくしています。
私は顔を覆い、その場に泣き崩れてしまいました。
顔を覆った指先から、とめどもなく涙が溢れます。
歌う力は嗄れても涙は枯れないのですね。
みんなバカですわ!
大バカ者ですわ!!

「ノブコ頑張れぇ~!」

姿は見えども、りっちゃんの声援が聞こえます。
頑張ってる人に頑張れとは失礼な話ですわ。
不器用に踊り狂い歌う父が見えました。
泣いてる場合じゃございませんわ!
私はスクッと立ち上がるとマイクスタンドを蹴り倒し叫びました。

「いまこそ わかれめ いざさらば 」


その合唱のリフレインは、演奏が中断されてもしばらく続きました。
「ライブは終了です。ライブは終了です。」
興奮した群衆をなだめるかのように繰り返されるメガホンのアナウンス。
それでも歌は続きました。
斎藤さんに連行される私たちに向けて、それはエールのように聞こえました。







  

2010年04月06日

ロリィタs Not Dead!! 31話




全く実力を出すことなく終わったリハーサル。
袖で見ていた斎藤さんも深いため息をついていました。

「君たち、デビューするって割に・・・だね。」

「はぁ。。」

「バンドはなんっていうの?・・そう、もっと思いっきりがなくちゃね。」

「思いっきり・・ですか。」

グダグダなリハーサルをみるやプロデューサーばりの上から目線の言葉です。

店内各所に貼られたポスターに、私と省吾さんのデビューは目玉の如く、うたわれています。
客寄せパンダとなり、そんな陰口も耳に入っているにも関わらず、省吾さんは怒りひとつ見せません。
省吾さんにとって。
そして私たちにとっても、そんなことは怒るにも程遠い小さいことだからでしょう。


午後になり、賑やかさを増すショッピングモール。
本番まであと少し。
戦闘服に袖を通した私たちのテロが始まります。
私は初めてのライブの日を思い出しました。
あの日と同じく手のひらは汗でぐっしょりです。

控室にお届け物です。
生臭いその木箱を開けると「祝。のぶこちゃんへ」と書かれた和紙に桜鯛。
あぁ・・・。
きっとオジサマも田舎のみんなも来てるのですね。
広いモール内にビバルディの「四季」が厳かに流れ、無言の控室の中まで聞こえてきます。

喪を連想させるネットつきのヘッドドレス。
赤い薔薇とスカラップ袖のジャケット。
3連の大きなチェーンのネックレス、8分音符のペンダントヘッド。
プラットホームブーツのリボンは蔦のように、私の足首から膝まで絡まり伸びています。
そしてクリノトンスタイル。
中には紫のナイロンシャーパニエ。
籠状となったスカートの前をカーテンの如く開き、おみ足全開ですわ。

1つ1つの愛しいアイテム。
ロリィタの志を抱いて、私を輝かせてくれる大切なアイテム。
その一つ一つに祈りに似た感謝を呟きました。

クリノリンよ。
今日でお別れですわ。
終わりの舞台に、あなたの最後に、この場所はぴったりかもしれませんよ?
その無駄な機能性、その古(いにしえ)のスタイル。
めまぐるしく進化を続ける今を生きるにはあまりに不釣り合い。
だからこそ今日ここで、この場所で喜んで罵倒と苦笑を受け、死にましょう。
あなたを纏う私と共に。

「そろそろいいですか?・・ってなんですか、みなさん?そのマント?」

「ちょっとした演出ですわ。オホホホ。」

「じゃ、行きますか!」

開演5分前。
斎藤さんに促され、省吾さんの声に頷き、私たちはステージに向かいます。

「誠二、三太。ごめんな。。」

歩きがてらの省吾さんの言葉に誰も返事はしません。
反感ではなくそれは「今更なに言ってやがる!」という鼻で笑うような合図でした。



よく晴れた日曜の午後。
きっと外は桜も満開。
それなのにデカイというだけで集まるショッピングモール。
皆様、買い物がよほどお好きな不健康者で結構ですわ。

ステージの背中のエレベーターからも、沢山の人の注目が分かります。
目の前の広場となったスペースには多くの人が集まっています。
りっちゃんは背が低いから見つからなかったものの、オジサンも発見。
あっ、お父さんもいるっ。
ゲッ!なんで中学のバレー部の監督まで来てるのよっ!!
そして最前列にはもちろんおししょー様が。。
静かに私達を見据えていました。
私は目を閉じて深く深く深呼吸しました。

「ノブコ。ホントにいいんだな?」

「ノブコじゃないわ。私はビクトリア。」

省吾さんは「ケッ」と笑うとアンプのボリュームを全開にしました。
全員が羽織ったマントを脱ぎます。

起こったどよめき、歩行中の誰もがステージに注目しました。
不特定多数の人のくつろぎの場には余りにも不自然なそのファッション。
笑い声も聞こえます。
エレベーターを上る小さな女の子が私を見て「かわいい~」と声をかけてくれました。
救いに似た小さな声に私は微笑むと、マイクに手を置きました。

「ショッピングモールの方々、御来場の皆様。こんにちは。ismと申します。」

MCに反応するまばらな拍手。
そのざわめきが波のように引くと、私は深く息を吸って言いました。


「そして、心の底からから、ごめんあそばせ。」


カウントが鳴ってスネアがロールします。
リハではセーブして叩いていた三太さんの本気&本物のドラム。

耳を劈くディストーション。
持ち込みアンプは2500W。
メイプル・トップのギブソンレスポールカスタムを掻き鳴らす誠二さんのギター。

地を揺るがすタイタンの足音。
MUSICMANのベースから鳴り響く落雷の重低音。

ありがとう、省吾さん。
私を誘ってくれて。
私をここに居させてくれて。。。


50000m2の敷地面積を誇る超大型ショッピングモール。
その隅々にまでismの爆音が響き、テロは開始されました。

  

2010年04月03日

ロリィタs Not Dead!! 30話



「仰げば尊し わが師の恩
教えの庭にも はや いくとせ
おもえば いと疾し このとし月
いまこそ 別れめ いざさらば 」



明日はいよいよ解散ライブ。
それは卒業式の翌日。
卒業証書の入った筒を振り回し、私とりっちゃんは最後となる下校道を歩いていました。

「信子ってさ、声でかいんだけど、ほんっっと!音痴 よね。」

「(怒)。。。」

「でも明日だね。。楽しみだわ~!」

帰り際にそう言ったってことは来る気マンマンマンなんでしょうか?
はぁ。。。
桜は満開。春真っ盛りの日でした。



早朝のショッピングモール。
私は三太さんの車で乗り込みました。
ガランとした開店前の駐車場。
雲ひとつない春の青空。
指定の場所に車を停め、青空を背負うその広々した建物を見上げました。

私たちがこれから仕出かす悪ふざけが、多くの罪のない人たちを困らせるのです。
ひとつまみほどの罪悪感が、ブクブクブクと心に発泡するのを感じました。
でももう後には引けません。
私は歩き出しました。

「あっ、三太さん!帽子っ!!」

「あらっ!いけなぁ~~~い!」

モヒカンが立っていないとはいえ、そのままでは明らかにパンクスとばれてしまいます。
本番までは繕わなければなりません。
無難と思い選んだアーミー風ファッションも、三太さんが着ると本物の軍人です。
機材設営などのアクティブな仕事も考えて、私も今日は「Champion」のジャージ(上下)です。
守衛さんに名を告げ挨拶すると、奥から一人の紳士がやってきました。

「えっとぉ、君たちが”ゴキゲンポップス”のismさん?」

「はい!よろしくお願いしまぁ~~~す!」

「とにかくここはショッピングモールだから風紀に反すること、特にバンドは音量とか気をつけてね。」

「はい!よろしくお願いしまぁ~~~す!」

イベント管理の斎藤さんは私たちを案内してくれました。
「従業員専用」と書かれた通路を抜け、店内に入ります。
開店前の店内は沢山のテナントの人達が入り乱れ、その準備に忙しそうです。

「ところで後の2人は?」

「あっ・・・そのうちに。。もうすぐ来ると思います。」

「困るよ。時間は守ってもらわなきゃ。」

「はい。。すいません。。」

全く!
1番時間にルーズな三太さんはこうして制御できたとはいえ、困ったものです。
到着したのは吹き抜けとなったアーケード。
店内の明りが無い分、天窓は空からの光をまっすぐに振りおろしてスポットのように空間を照らしていました。

「えっと、ここがステージね。機材はそこの搬入口から・・・」

斎藤さんはその指示する指を止め、ポカンとした表情をしました。

斎藤さんが指差した搬入口のすぐ脇は、メインの「お客さま出入り口」。
開かない大きなガラスに貼りつくように誠二さんと省吾さんがいました。
ガラスをドンドンドンと叩き、蹴り、「開けろ!」と叫んでおります。
しかもあれほど言ったにも関わらずっ!
思いっきりジャラジャラギラギラのパンクルック!!
見るからに如何わしい輩です。

「あ。。。あれは君たちのメンバー?」

「いいえ知りません赤の他人ですわオホホホ。」

・・とは流石に言えません。
私は苦笑いとともにコクリと頷くビームを数年ぶりに薄く発射させました。

「き、きっと。今日のライブの為に、気張っちゃっちゃって・・・ですわ!!」

「・・・まさか君たち・・・?パンクとかヘビメタじゃないよね?」

「めっ・・めっそうもございません!!ゴキゲンポップスですわ!!ねぇ、三太さん!!」

「なんで私にっ!?」って顔をして三太さんは不細工な作り笑いでシナっています。
ガラスをドンドン叩く音はエスカレートします。

「ちょっと待って!困ったなぁ。。スイマセン・・・」

斎藤さんに申し訳ない顔を作りペコリンペコリンと謝ると、私は二人に近寄ります。
ガラスが無ければブン殴ってやりたいのをグッとこらえ、ガラス越しに私は叫びました。

「うっ・らっ・ぐっ・ちっ・に回りなさいっ!!このバッキャやろ~~~う!!!!」

その声に広い店内中のガラスというガラスがビリビリビリと反響して震えました。
ガラスの向こうの二人はカメメハを受けたかのように思いっきり後ずさり、バツの悪そうな顔でトボトボトボ歩いて行きました。





「あっ・れっ・ほっ・どっ!パンクスとバレないようにって杭刺したじゃないですかっ!」

「杭じゃなくて釘だろ?」

省吾さんの指摘に誠二さんは「プッ」と吹き出します。
渾身の眼差しで睨むと、おそろいのフリースとパンツを着た二人は膝を揃えソファーに直りました。

会場がショッピングモールで助かりましたわ。
私は開店前のユニクロに駆け込み、なんとか2人の服を間に合わせました。
控室で無理やり着替えさせると、本番までの作戦を再確認しました。

「しかしさ。この服・・なんとかならないかよ?」

「なにもお揃いにするこたぁねえじゃん!」

「あら、二人ともお似合いよ。お笑いのコンビみたいで。」

「三太こそなんだよ?そのアーミーは!ブートキャンプかよっ!?」

ブーブーブーブーと五月蠅い人たちですわ。
それでもそんな些細な諍いに私は懐かしく、そして嬉しくなりました。

「とにかくっ!リハはそれでやってもらいます。」

「え~~~!?俺自分で買ってくるわ。省吾とユニクロのオソロなんて死んでも嫌だ!」

「うるせえ、バカ!」

「んだとぉ~~!」

小さくノックの音。
取っ組み合いが始めろうとする直前に斎藤さんが入って来ました。

「そろそろリハーサルいいかな?」

「はい!よろしくお願いしまぁ~~~す!」

口を揃えて出た行儀よいその言葉に、私たちはお互い大笑いしました。
そしてリハーサルでは救いようのないほどヘタクソな「なごり雪」を披露したのでした。









  

2010年03月30日

ロリィタs Not Dead!! 29話


春ですわ。
甘い香りを存分に放った梅の花。
それが散るや否や、マイ山のふもとの桜の枝は小さな蕾をほころばせ、花の出番を待ちかねていました。

試験では目白押しに間違え、その帰路には楽に死ねる自殺手段まで脳裏を過ったにも関わらず、我が家に合格通知が届きました。
名前が書ければ受かるっていう父の話は、まんざら嘘じゃなかったようです。
2年制の服飾系の短大。
晴れて私も短大生とは、まるでひとごとのようですわ。

ささやかながら家族にてお祝いの夜となりました。
桜鯛を掲げて駆け付けた伯父も合流し、楽しい宴です。

「んで、短大は東京だってぇ?」

海老フライをほおばり、返事ができない私に伯父は聞きました。

「いやぁ~、信子ちゃんがねぇ~。月日が経つのは早いもんだぁ~~。。」

赤らめた頬で絵に描いたような酔っ払いとなった伯父がシミジミジミと語ります。
やがて膝をついてズルズルとすり寄ると、私の右手を握りました。

「これ、少ないけどおじさんからのお祝いっ。」

そう耳打ちされ、手の中をみるとっ!
あぁ!これだけあれば欲しかったangelicprettyの新作シフォンジャケットが買えますわっ!!

「ありがとう!オジサマっ!!」

「いやいやいや、なんのなんの。。。でもそういう格好だと、なんかメイド喫茶来てるみたいだなぁ。」

「(怒)!メイドじゃございません!!」

「最近ノブコもこじゃれてさぁ、こ~~んなヒラヒラばっか着てんだよ。」

伯父と私のやり取りを黙認していた父は、嫌味を含ませそう言うと私のフリルスカートをめくります。
私は無言でその手をブンと振り払いました。

「おまけに最近まではバンドやったりしてさ。」

「ほう?バンドねぇ。」

「ウチの蔵で練習してたんだけど、その仲間がすげえんだっ!こんなんだよ、こんなんっ!」

父が誰を指名して言っているのかわかりません。
頭の上で手をバサバサバサさせるジェスチャーに伯父が笑います。

「それは俺も観てみたいなぁ。」

「それならオジサマっ、招待いたしますわ!」

「えっ!?ほんとか?」

しまった!
勢い余って言ってしまいました。

「なんだ、又あいつらに逢えるのか?」

伯父も父も私の言葉に必要以上に注目しています。
今更後に引けなくなった私はショッピングモールでのライブを打ち明けました。

「そりゃあ、みんな誘って行くかなぁ?」

「!ちょ、ちょ、ちょっと待って!・・・みんなって?」

「そりゃこの村の衆みんなだよ。回覧板でまわしてもらうか?」

「!!!!!」


伯父のおこずかいに浮足立って、とんでもない事態となってしまいました。
なんとか食い止めようと思案してる時、携帯が音を立てました。
着信は省吾さんでした。
怒るでもなく、深刻な声をしていました。

「おい、お前。今さっき横山さんから連絡あったけど・・・」

「ああ、その事でしたら万事解決ですわ。」

「お前、いいのか?それで?」

「ええ。構いませんわよ。その代わり解散ライブはちゃんとやってもらいますわよ。」

電話を傍らで聞いていた父と伯父は「おおう!」と言いながら拍手をしています。
雑踏に似たその賑やかさに、省吾さんは用件だけいうと最後に言いました。
「ありがとう。」
と。


私は幾つかの嘘とごまかしで作戦を遂行しようとしています。
それが正しいとか正しくないとかはどうでもいいのです。
バカらしい事だという自覚もあります。
それが終わりへのケジメですもの。

解散ライブまであと僅か。
そして田舎の電柱という電柱に「ism解散ライブ!」と書かれた手書きのポスターと私の写真が貼り付けられていたのは、浮かれポンチな父の仕業でしょう。



  

2010年03月27日

ロリィタs Not Dead!! 28話




「とにかくっ!このことは内緒でお願いしますよ!」

「うむ、面白い演出だね。フッフッフッフッ。。。」


あ”~~~~!
嫌な奴への電話とはどうしてこうもエネルギーを使うのでしょうか?
携帯のoffのボタンを押すと同時に、強烈な肩こりが発症しましたわ。
私は「私に出来ること作戦」を着々と進めていきます。

私に出来ること。
それはism解散ライブの開催でした。
ismの名付け親のおししょー様に披露することなく消滅とは余りに情けない話。
省吾さんの行く末はともかく、キッチリとケジメをつけるのです!

中途半端な結末にモヤモヤモヤしていたのは私だけではなかったようです。
三太さんは私の作戦に快い返事をくれました。

「でも本当に大丈夫?かなりのクレームが来るわよ。。」

「あら、三太さん。私たちはパンクでしょ?アナーキーな方が素敵じゃございません?」

無茶は承知です。
その為の段取りも考えております。

さて。。明日は休日。
にも拘らず、またもや嫌~~な奴との交渉が待ってますわ。
天気予報ではこの冬最大の寒波がやってくるというお話です。
すでに窓の外は粉雪が吹き荒れています。
憂鬱な気分は拭えません。
でもやるのです!

おししょー様のお父様のコート。
極寒の中、最高に威力を発揮するアイテム。
壁にもたれかかるように明日のスタンバイをしていました。



「あれ?ノブコじゃん!久しぶり~。」

楽器店のスタジオ。
ケミカルレースボレロの肩を叩いたのは誠二さんでした。
シャアシャアとしたその声に、私はすかさず詰め寄りました。

「誠二さん!電話番号変えたでしょ!?」

「あ?あぁ。。そうだったね。」

「もう!!何度電話したことか!ここで逢えたが100年目ですわ!」

「いいじゃん、別にもう。ismもやんねぇ事だしさ。。」

なんと冷たく言い放つヤツでしょう!
今はV系バンドでギターを弾いていて、今日はたまたま練習日だったとの話でした。
防音室となったスタジオからは楽器を抱えた人たちがゾロゾロゾロと出てきます。
それを避けるように廊下の片隅の喫煙所で、誠二さんは煙草に火を付けました。

「んで、なによ?俺に用ってわけ?」

「ismやりますわよ!解散ライブですわ!」

「なにぃ!?」

火のついた煙草はその指から落ち、「アチッアチッ」言いながら慌てて股間をまさぐります。
その顔に、そのおでこに、「お断りっ!」って文字が読み取れるほど嫌~な顔をしてますわ。
頬のあたりには「冗談じゃねぇぞ、バカ野郎!」って小さなフォント文字までも読めますわ。

「あのままでいいのですか!?良い訳ございませんでしょ!?ネ!ネ!ネェ!!」

誠二さんは煙草に再度火をつけます。
そして、懇願する私にソッポ向いて一言。

「知らね。」

「(怒)!あんな尻切れトンボみたいな終わり方、あまりにもカッコ悪いですわ!」

「知らね。」

「省吾さんとは幼なじみなんでしょ?友の成功を祝ってですね・・」

「知らね。」

「(怒×2)!・・・私は!みんなと一緒にismで活動できたことを、誇りに思いますわ!!」

あらあら。。。
我ながら、よくもまぁこんな出鱈目ぶっこけるもんですわ。
こんなくさいセリフでなびくアホなんて、今時・・・
あら?

「・・・んで、いつどこでやるんだよ、やってもいいけど2,3曲だぜ。」

「・・・」

誠二さんはアホでした。

3曲持てば充分です。
私は全貌を詳しく話しました。

「はぁ!?お前マジで言ってんの!?」

ism解散ライブの会場は、おししょー様と行ったショッピングモール。
子供もカップルもお年寄りも不特定多数に集まり、体を休めるアーケード。
そこなら車椅子のおししょー様も、安心して観覧していただけますわ。

「省吾さんはプロになるんです。そんなアーティストがいるバンドならってことで喜んで承諾いただけましたわ。」

「・・・お前、パンクって言ってねぇだろ?」

「おそらくチラシやポスターには”ゴキゲンポップス!”って載りますわよ。」

「バカかっ!!・・。。。っていうか、それってお前もデビューOKって話?」

「・・そんなことよりっ!出来るだけおっきい音の出るアンプ用意して下さいね。」

「マジかよ。。。」


私の勝ちってことで決着はつきましたわ。
やれやれって顔で誠二さんは観念し、2本目の煙草に火をつけます。
各部屋のドアから各々に、薄いビートが漏れています。
ふと思い出したように、いくつかあるスタジオの一部屋を誠二さんは指差して言いました。


「ところでさ、今日そこのスタジオでsodom練習してるぜ。リサの髪がさ・・」

「シルバーのフルヴィックでしょ?」

「え?」

「知ってますわ。もう話はつきましたもの。」

私はボレロの襟もとにボンボンのついたマフラーを巻いたのでした。







  

2010年03月20日

ロリィタs Not Dead!! 27話



左肘の包帯と左瞼下に小さくテーピング。
不謹慎だとは思いましたが、その医療用アイテムはおししょー様の儚げさと美しさを演出しています。
病室と言うシチュエーションも尚の事。
検査の結果は外傷だけで他に異常はないとのことでした。

「ホントに他はなんともないのですね?」

「ええ。」

「ホントに?」

「ええ、ほんとよ。。」

「・・ホントにホントにホントにホントに!!?」

しつこいそんな繰り返しに、おししょー様はクスッと笑います。

「心配かけてごめんなさい。」

真摯で陰りのある言葉を落とすと、おししょー様は外をぼんやりと眺めました。
ほとんどの葉を落とし、枝となった樹の影が窓辺からベッドに伸びています。

「それより、さっきはお邪魔しちゃったかしら?」

私と省吾さんはお互いに顔を見合わせると、ブンブンブンとユニゾンで首を振りました。

「あら、そう?なんかいい雰囲気だったわよ?ismも順調かしら?」

「・・・もう、それすら分からないのかよ。」

省吾さんの呟きに、おししょー様は不思議そうな顔を見せました。
その表情に答えるように、省吾さんは続けました。

「事故に遭うことも分からなかった訳かよ?」

暫しの沈黙が訪れました。
少し考えるふりをして、おししょー様は答えます。

「・・ここ暫く、何も見えないわ。。」

「それって・・・」

「確かに不便よ。でもね、多分悪い兆しじゃないわ。」

「見えない今じゃ、それも根拠のない話だろ?」

「・・・」

おししょー様は決してアクティブなお方ではありません。
「動」と「静」に例えれば完全なる後者。
そしていつもどこか特殊なオーラを纏っていました。
未来が見えるという能力がそうさせていたのでしょう。
突然、その力を失くしたおししょー様が不憫でなりません。

「あのっ!私・・私に何かできることはないでしょうか?」

同情してほしくないと誰もが思うでしょう。
でも私は力になりたかったのです。
おししょー様にとって、それが屈辱と取られても。
そんな私のカラ元気に、おししょー様は答えず言いました。

「そうなの・・ismは終わっちゃったのね。。。」

「俺のせいさ。いつもこうだ。。」

自分を責めるようなその言葉に返事はなく、窓から侵入しようとする闇を見据えるように、おししょー様は再び外を眺めます。

自責の念が、省吾さんから私にも伝染します。
「私にもなにか出来たのでは?」
そんな思いが募りました。


「そうだわ!お店に行って来てくれないかしら?」

お互いの沈黙を消すように、おししょー様が私に言いました。

「郵便物が溜まってるといけないから。」

ポーチから金色の鍵を取り出すと、私に手渡しました。
ナボコフの重い木の扉の鍵。
「Key」ではなく「かぎっ!」って感じの古いタイプのものでした。

「俺も付いてくよ。」

「あら。一人で大丈夫ですわよ。」

そんな省吾さんの心配をよそに、私は病室を後にしました。
乗り込んだバスは家へ帰る人たちで混雑していました。



私に出来ること。
1つだけ思いつきましたわ!
ナボコフへ向かう道すがら、私はそのプランをずっと考えていました。
すっかりと夜になってしまった街。
街灯が追うように点灯していきます。
考え事をしていたせいで、すっかりとナボコフへの道を通り過ぎていました。

「いっけない、郵便物ですわ!」

とりあえず「おししょー様専属郵便配達員」になることも今の私に出来ることですわ。
そう。
出来ることをやればいいんです。
悔いのないように。
そしてケジメをつけるのです。

古い南京錠の鍵を開け、店主のいないナボコフへ入りました。
やりかけだった仕事がテーブルに、そしてミシンに残されています。
ポストを開けるとガスの明細書と、チラシとDM。
その中に紛れ、青い封筒のエアメールが1通ありました。

「さすがおししょー様ですわ!エアメールなんて素敵!」

映画やドラマでしか見たことのないその物質を、薄明かりの中シゲシゲシゲと眺めました。
ドイツ語らしき文字で全く読めませんわ。
宛名であろう文字は「SWISS」そして「HOSPITAL」。
それだけはなんとか解読できました。